それぞれ 色々な想いで迎えた一日だったんじゃないだろうか
一年前のこの日を思うと言葉では言い表せない記憶がよみがえる
朝のネットのニュースで驚き、日本の自宅に電話をしたが繋がらず、父の仕事場に連絡をしやっと繋がった
大きな地震で棚の物が落ちたり 驚いたが周りの人で怪我人はいない 心配するな と言われ安心し
仕事へ行った
その二時間後だったろうか ラジオやニュースで 先程よりももっと大きい地震があり津波が起き、何処かの
工場が炎上し火の海になる 見た事のあるような海岸沿いが あっと言う間に 陸地を 船や車 人を飲込んでしまった
そんな情報を目の当りにした時、 正直信じられなかった まさか故郷の近くでそんな事が今現在起こっているなんて 信じたくなかった
職場の人にも 私の精神状態が普通でないことは 一目で分かったのだろう
直ぐさま身内と連絡をとるように と家に帰された。
家まで自転車で15分の距離がとてつもなく遠くおもえた。
4時間ほど 家族 親戚 友達 と電話をかけ続け 最初に連絡がついたのは母の実家だった
そのころから各地で回線が一時的に復旧したのか 家族や友人とも繋がり皆無事だと知った
こんなことを思ってしまうのは 震災で亡くなった方、未だ行方不明の方、避難を余儀なくされた方、被災した方達に
失礼な事なのかもしれない。
それでも僕はその時、そう思わざるを得なかった
なぜ自分はそこにいないんだ と
いたから何ができる訳ではないのは重々承知だ だけど、、、 家族や仲間が危機に直面しているなら
そんな時こそ手え取り合って支え合って乗越えたい それが今の俺にはできない、、、
それが悔しくて悲しくて情けなくてしょうがなかった。
数日後にある奴が こう言った お前がドイツにいてよかったよ
嬉しくそして辛い一言に その夜枕を濡らした。
今 何もできないなら 何年後か必ず皆に返そう と決心を固めた。
そして今自分にできる精一杯のことをやろう と。
原発の事故を受け ドイツでは 反原発運動が一層盛んになった。
安全や環境への意識が見直される動きが強まった。
今日開かれる 反原発デモ行進に参加することにした
原発反対 原発反対 フクシマ フクシマ と声をあげるのもいいだろう 各々が思い々いに参加したのだろう
ただ僕は 原発事故が起こる直前の自然災害をもっと深く想い、そこで被害にあった多くの人への追悼の意をここに込めた
デモの様子
